Columnスペシャルコラム 01

映画認知症世界の歩き方
探求する『5つの問い』

原作・プロデューサー 筧裕介 Yusuke Kakei

『認知症世界の歩き方』のリリースから4年。新しい認知症に関する理解は少しずつ広がりつつある。
しかし一方で、認知症に対する社会全体のイメージは、まだ大きくは変わっていない。
なぜ、理解は広がっているのに、見え方は変わらないのか。
その問いの先に生まれたのが、映画『認知症世界の歩き方』だ。
2027年2月、本は映画として新しくひらかれる。
それは、『認知症について知る』ことを越えて、『認知症世界を体験する』試みである。
映画は何を描こうとしているのか。なぜ映画でなければならなかったのか。
そして、この映画を通して私たちは何を受け取るのか。
著者であり、映画プロデューサーの筧裕介に話を聞いた。

写真:筧裕介プロデューサー*インタビュー時のポートレートや、撮影現場の様子を1枚
問い 1

なぜ『認知症世界の歩き方』を映画化しようと思ったのか?

『認知症世界の歩き方』は、全世界で30万部を突破し、NHKでもシリーズ番組として取り上げていただくなど、本当に多くの反響をいただきました。

一方、活動を続ける中で、ずっと感じていたことがあります。認知症に関する知識や理解は少しずつ広がっている。でも、社会全体の認知症観は、まだ大きくは変わっていないのではないか、ということです。

認知症という言葉を聞くと、「なんとなく怖い」「自分にはまだ関係ない」と感じる人は少なくありません。そんなイメージが距離を生んでいる、壁をつくっているように感じていました。

その壁を越える方法として浮かんだのが、映画でした。映画なら、「認知症を学ぼう」と身構えなくても、「面白そうだから観てみよう」と自然に入り込めます。

親子の物語に夢中になっているうちに、認知症の人が見ている世界を体験し、「これは自分や家族の話かもしれない」と気づく。

知識では届かない場所に、物語は届くことがあります。映画には、そんな力があるのではないかと思ったんです。

問い 2

認知症のどんなイメージを壊そうと思ったのか?

まず壊したかったのは、「失われていくこと=不幸」という前提でした。認知症はこれまで、ネガティブなイメージで語られることが少なくありませんでした。怖さや不安。そうした感覚は、多くの人の中にあるのではないでしょうか。

でも、取材で出会った認知症のある方々は、その昔好きだったことを楽しそうに語る。「今日のお昼、何食べようか」と笑いながら話す。そこには、認知症になっても変わらず続いている、その人らしい人生がありました。

だから今回描きたかったのは、「認知症の人」ではなく、その人の人生です。

そして、その姿を見つめ続けるうちに、揺らぎ始めたのは認知症への見方以上に、自分たちの価値観の方でした。

ちゃんとしていること。人に迷惑をかけないこと。最後まで自立して生きること。僕たちはいつの間にか、そうしたものを「幸せな人生の条件」だと思い込んでいたのかもしれません。

でも、本当にそうなのでしょうか。

認知症の映画をつくっていたはずなのに、気づけば僕自身が、「幸せに生きるって何だろう」と問い返されていました。

この映画は、認知症についての映画であると同時に生き方についての映画でもあるのだと思います。

問い 3

なぜ『実写』で描くのか?

アニメという選択肢もありました。認知症世界の不思議な体験を表現するだけなら、その方が自由度は高かったと思います。

しかし、企画を進める中で気づいたことがありました。本当に描きたかったのは、「認知症世界の不思議さ」そのものではなく、その世界を生きる「人」だったんです。

認知症になると、つい症状や困りごとに目が向きます。でも実際に出会った方々には、それだけでは語れない魅力がありました。親子の素敵な距離感。何気ない表情。思わずこぼれる笑顔。

認知症になっても消えない、その人らしさは、そういう瞬間に宿っています。

だから僕たちは、「世界」を描くこと以上に、「人」を描きたいと思いました。目線の揺れや表情の変化、言葉にならない感情の動きまで映し出したい。

そう考えたとき、実写しかないと思ったんです。

問い 4

なぜ『ルー大柴』なのか?

求めていたのは、周囲の人を笑顔にしながら自分らしく生きる『豊』を自然に体現できる役者でした。

キャスティングに苦労する中で、「お笑いの方が合うのでは」という話になり、候補として挙がったのがルー大柴さんです。

ルーさんには不思議な力があります。深刻な場面でも無理に明るくするのではなく、ただそこにいるだけで気持ちが軽くなる。周囲を自然と笑顔にするその空気感こそ、豊に必要なものでした。

役者としてのルーさんをよく知っていたわけではありません。しかし、撮影が始まってすぐ、不安は消えました。

細かな表情や間、言葉にならない感情の表現、そのどれもが繊細で、豊をリアルに演じてくれました。本作を役者人生の「遺作」とする覚悟で臨むと語り、丁寧な準備と全力の撮影で豊という人物に命を吹き込んでくれた『役者・ルー大柴』が演じる「認知症世界」のリアルなあり方は、この映画最大の見どころです。

問い 5

映画を観たあと、どんな変化が生まれていたら嬉しいか?

認知症について詳しくなってほしい、というわけではないんです。

映画館を出たあとに、
「親のことを思い出したな」
「自分もいつか老いるんだな」
「最近、会えていない人がいるな」
そんなことを、誰かと少し話したくなる。

あるいは、
「こんな生き方もいいのかも」
「最近、少し頑張りすぎていたかもしれない」
そんな小さな気づきが、心のどこかに残る。

認知症の映画を観たはずなのに、気づけば「自分はどう生きたいんだろう」と考えている。

そんな時間が生まれたら、嬉しいですね。

その世界を、劇場で歩いてみてください。